不動明王・怒りの神様で「怒り」で邪気・悪魔を追い払う事で人々の信仰の対象になってきた。
アジアでは「怒り」=「悪い」ではなく喜・怒・哀・楽と人間本来の感情の中にも「怒り」は盛り込まれています。
しかし、昨今「パワハラ・セクハラ」などのハラスメントとともに「怒り」が悪い事のように取り扱われているのが気になります。
確かに西洋では怒りは「抑えて」キリストの審判にすべて委ねることで怒りを自らの体内に取り込まないようにして「怒り」をあらわにすることを戒めています。
人が怒鳴ったり怒っている図はあまり感じの良いものではないかもしれません。
しかし、この怒りを頭ごなしに封じ込める風潮も困ったものです。
例えば「国民をなめきってる政治家・公務員」や「権力を振りかざして国民を傷つける権力者」に論理だけでは通じないことはあると思います。
それに対抗できるのは「怒り」なのです。
そういった邪気が一番恐れるのも「怒り」なのです、この怒りが「野党の政治家」には欠けています。
紳士・淑女ぶっていいては邪気は追い払えません「臭いものにフタ」的な考えも邪気の仕業なのです。
このことから「怒り」を盲目的に封殺する風潮は困ったことと感じています。
国民は権力の不条理に対してもっと「怒れ!」そして、その怒りから目をそむけるな!
----作者紹介----
三谷 正昭
1953年3月大阪生まれ
本棚、家具等の デザインと製作販売
㈱ONE&ALL代表
魚釣り、歩くこと、サイクリング、 仕事
壁面にピッタリの本棚やキャビネット作り
家具作り・身近な出来事を通して「ふっ!]と感じたことを勝手気ままに綴っています。
2023年5月
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